2025/04/02
第2回インタビュー「森の自然こども園東本梅の自然保育」(3)自然保育で育つもの
園と自然保育について
1.本当にわかるということ
【仲田】
子どもたちの様子を何年間も見ていると、園庭の環境が整っているからか、自由度が高いような気がするね。個人個人はやっぱりこう自分らしさが出てるんじゃないかなというのを最近特に思いますね。それが一番大切なことやしね。
先生と一緒に遊ぶのは他の園でも多分多いと思いますけど、全体の雰囲気として、何か友達と話をして、こう遊んでいく感じ、自分たちで考えてっていう感じがする。他の園から子どもが来ても、同じようにそのまますーっと馴染んでいける、そういう何かが醸成されているような気がするね。
先生方も変わっていかれたという感じがする。私は、生き物が専門なので生き物を中心に見たりしますけど、先生方にも影響が出てきたのか、蛇がいたとか何かがいたとか話している。普通はそういう話題は弱いと思うんですけど、そういう話題が出てくるということが良い意味の成果と思うし、先生方もそういう何にでも関心を向ける感じに変わってきている。
多分大人やったらね、虫とかはだいたい嫌いやと思うんですね。子どもたちは逆に好きなんよね、そういうのが徐々にいい意味で、変わっていったのかなという感じがするね。
この間も育親学園の子がセミの殻とかクワガタの死んだやつを拾って、それをアートみたいに貼ってたんだけど、学校の先生が「それはちょっと……」っていう場面があって。
でも、別にいいのちゃう?って。別に生きたものを殺してやってるわけでもないしね。落ちてたやつを使ってるんだし。
そういうのは、さっき初めに言ったように、自然体験とかそういうことの捉え方、どう捉えるかによって違うことになる。これがいいとか悪いとかではないんだけどね。その辺が重要な考えになっているような気がしますね。
【神谷】
丞治さんがそうやって言ってくれはるのは大きいと思う。私たちもまあいいかっていうか、いいんやって思えるっていうか……生き物とかでもやっぱり命が大事やっていうところも伝えなあかんのよね。だから、捕ったものを逃がしてあげなさいとか、そういうことをやっぱり伝えがちなんですけど。でもそれも丞治さんは言わないんですよね、これだけ生き物を大好きな人が。それも体験というかね、そういう精神を私たちも教えてもらってて。
そこが多分根付いてきた一つで、岩﨑先生もそういう考えでずっと来られてるし、それがみんなにつながってきているというか。
【仲田】
生き物は大切やからね。それを言葉で教えるのもいいんだけど、僕らの子どもの時もそうではなかったからね。貝とか、バッタがいっぱい捕ってきて、入れ物に入れておいたらある時はもう死んでしまってたとかね。
多分そうこうしている内にわかっていくと思うんです。経験を通じてね。それが本当にわかるということだから。初めから「生き物は大切やからね。取ったら逃がしてあげなさい。」とか、そういう風に言いがちなんやけどね。
川遊びでも、「持って帰るか?どっちにする?」とかよく聞いてる。逃がすこともあるし、持って帰るなら「持って帰るんやな。」と。それで終わったらまた戻すとか、そういうのを自ら体験を通じてやっていったことは、全部わかっていく。
そうでないと、何故大切なのかということを先に言ってしまったらね、なんで大切なのかわからないのに、「生き物は大切」というそれだけを知ってるとかね。頭だけで考えるとそうなるんですよね。
【神谷】
火でもそうやと思うんですよね。だから「危ない」って言ったらわかるんですよね。火事の避難訓練もやるし、火の怖さも伝えてるんですけど、それとともに、面白いということもわかっている。風が強かったらここはこんなに上がるとか、体験しているから。
だから、さっきの焚火に火をつけてほしいという発想になるんだなと思うんです。
2.自己肯定感とは
_これまでのお話の中にも、ヒントがあった気がするんですけど、最近よく聞く
「自然体験をすると子どもたちの自己肯定感が上がります。」というのはどういうことだと思いますか?
【仲田】
自己肯定感って、いうならば、自分自身のありのままの姿を認めることという感じだと思います。そこから始まっていくという感じ。
自然体験とか生活体験をしていったら、自分の言葉で話すことができるようになる。事実を知ってるからね。人から聞いたとか、書いたやつを見たとか、そういうのと違ってね。
それと、より積極的になっていくような気がしますね。
多分園にいる3,4,5歳とか、これぐらいの間に突然成果が出るとかいうことではなくて、一般に言われてる小学校3、 4年ぐらいに、その成果的なものが徐々に表出してくるという感じ。
自己肯定が高まることは、私はあると思っています。
なんで自然活動と自己肯定感が関係あるのと言われると、抽象的なんですけど、何か自然が持つ力的なものがあるんじゃないかと。緑とかね、そういうところに行くと大人でもそうだけど、少し元気になるとかね。それで、そこに生き物がおらんとあかんのですよ。どんなにきれいな風景の中でも、きれいというだけじゃなくて、人が農作業をしてるとかね、そういうところに原点があるような気がしますね。

【神谷】
私の考えというか思いなんですけど、本当に自然って日々変わるじゃないですか。あの砂場ですら硬さが違う、日のあたりによって熱さが違う。
それにここは幸せなことに木がある。葉っぱがある。草も田畑さんがほんまに上手にね、刈りすぎず、伸ばしすぎずで置いてくれている。だから、そこでいろいろ変化がある。
それを子どもが発見したりね。集中というか、面白さを味わうんですよね。そうすると、「面白い」って心がこう、ときめくというか、動く。
「わあっ」って思ったら、誰かに伝えたくなる。友達同士でも、先生にも。それがすごく溢れていると思います。
その中で、共感したり、「すごいの、見つけたね。」とか「本当だね。」って言ってもらう中で、自分をもう1度客観的に振り返ったら「すごいな」って思えることもあるし、何かに打ち込んだり何かに取り組める自分って思える。そこで培われる土台というか、そこで何かを続けられた自信みたいなもの。
他からはわからないようなことなんだけど、子どもってすごいことにいろいろもう気づいてたりするので、そういうことを自分でも感じるし、人からも評価というか、認めてもらえるっていうことがすごくあるなと思います。
東本梅には、固定遊具があるんですけど、3、4、5歳は自然でぶわーって遊んでいることが多いんですよ。やっぱり遊び方が決まっていなくて何か変化があるからこそ、自分がこう遊んでみたいって思える。
認められたり、友達と共感し合えたり、そういうところが土台になって、自分からどんどんやってみたいとか、そう思える力になるんじゃないかなと思います。
_自分が気づいたり、感じたり、考えたことに価値があると認めてもらえると、嬉しくなりますね。それを発見する機会が自然の中には沢山ある。
【神谷】
その認めるというのもやっぱり、どの人でもできるわけじゃなくて、そこの価値観を園で子どもに関わるみんなが持ってくれてるというのが大きいと思います。
「へえー」って終わったら違う。「そんなことより」とかなるじゃないですか大人は。そうじゃなくて、その子どもの実感をみんなが大事にしてくれる。
それこそだから、「田畑さーん!」とかどの子も呼んでて。そこにちゃんと向き合ってくれているのはすごく大きいなと。
【田畑】
僕が外でね、作業をしてたら、だいたい「何してんの?」って来てくれるんですよ。例えば「草刈ってるんや。」って答えたら、「手伝う!」って、自分たちで草が刈れるであろうものを持ってくる。
おもちゃだったり、もう何かしらね。で、一生懸命刈ってくれるっていうか、お手伝いみたいにしてくれる。
それで「助かった、ありがとう。」って言うと、みんな喜んでしてくれるし、それでまた次の日、「何してんの?」って。やりたくなる気持ちが出てくるっていう。
役に立ったという気持ちがすごくあらはるんちゃうかな。そうやって繰り返し来てくれるんです。
【神谷】
田畑さんのすごいところが、「じゃあそこに道具があるから持っておいで。」と言ったら早いところを、そうじゃなくて子どもが持ってくるものをすごく大事にするっていうか、そのやり取り。
それがすごく大事かなと思います。
【田畑】
子どもに「こっち使いな!」と言われて、「そう?これがいい?」とか言って。でもそれは刈れへんのですけど(笑)
多分砂場で遊ぶようなコテみたいなおもちゃで「こうやって、こうやったら切れるんや!」って教えてくれる。それに「あ、ほんまやなあ~」って。
【仲田】
子どもはそういうのをやっぱり伝えたい。できたこと、自分のことを伝えたいんですよね。
_それは自己肯定感が高まりそうですね。よくわかった気がします。
3.知恵以前の心を育てる
_「自己肯定感」と共によく出てくる「非認知能力」というのは、どういうことと考えられていますか?
【仲田】
非認知能力いう言葉の意味は、調べたら「人の基本的な力」って書いてありますけどね。
私は、遊びと学びが同居していて、その縦構造の上の方に知識があり、下の方で知恵が支えているというように捉えています。保育の言葉で言ったら「幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿」※というのもありますが、あの幾つかがまさしく非認知能力かなという感じで思っているんですね。

例えば、遊びをしようと思ったらひとつの話をしないといけないので、意見の食い違いがあった時に、そこでどう解決して行くかということですね。
先生方は、大人の次元でこっちが良いとか悪いとかいうことは、一切言わない。
喧嘩というか意見がぶつかったらね、2人で長いこと時間をかけてやってはります。そういった形で、やっぱり人間関係とか距離感とか、そういうようなのも多分つながっていくような気がしますね。
昨日とかも色んな遊びがあって、アイドルショーのライブを私も見させてもらったんですけど、その中でもやっぱり自分がこう演じたいとかね、意見がぶつかるんだけど、やっぱり時間をかけてもうまいことやっていくからね。
そういうのが、やっぱり友達との中にある協働とかね、自立とか思考とか、そういうものが芽生えていくんじゃないかなと思いますね。
友達との関わりの中で。それがベースになかったら、どれだけ知識を知っていたところで、その基本的なことが抜けてたらね、うまくやっていけない。
人として育つのに、基本的なことをやっているのかなと思いますね。
私は朝いつも園の前に立っていて、おはようと挨拶をする。保護者からでもおはようございますとか言って話をするんだけれど、まあ言える子もいるし、言えにくい子もいる。言える日、言えない日もある。でもそれを長いことずっとやってると、向こうから、おはようさんとかね、言ってくる、そういう一歩を踏み出すとかね。
「挨拶しなあかんのやで。」というのではなくて、続けているとだんだん日常的な力が育っていくような気がする。それが本当の人間、人としての基本的なことになってくるしね。それで散歩行って誰かに会ったら、こんにちはとか自然に言えるとか、何かしてもらったらありがとうございましたと言えるとか。
まずは先生方が、言いましょうという形にはなりますけど、いずれ先生方が言わなくても、自分からありがとうとか言えるようになっていくからね。そういうのがやっぱり育っていくような気がしますね。
_知恵以前ということですか?
【仲田】
そう、知恵以前。もっと土台のね。
そこが身に付いたら、学校に行ったとしても基本的なことがわかっているからね。知識としてではなくて人との関わりの中で学んできたこと。そういうのが身についていっているような気がするからね。本当に見ていて楽しいです。
よく木の絵で、あの10の姿がね、根っこやと言われてますけど、ああいうような感じで下がどっしりとできていたら、何があっても大丈夫と思う。
僕は小規模園で思うのは、小さなグループでやってて、それはそれでいいんだけれど、いずれ彼らが大きな世界に行った時にちょっと弱ってしまったりしたとしたら、僕らが自己満足で自然をやっていただけで、子どもたちのためになってないということだからね。
やっぱりそれを考えると、とにかく明るく元気とかよりも、何よりもたくましく、何があっても根性出して起き上がるぐらいの、それぐらいの感じを自然の体験や、生活体験を通じて学んでいってほしい。知ってほしいというか、体感してほしい。
【神谷】
私は、園の活動は学校の通知表では表せへんなと思っています。学校ではできるできないとか、これがわかってるとかいう認知的な学習の成果を評価するけれど、園では感じるとか、触れるとか、味わうとか、そういう子どもたちの姿からどうしていくかというところで見ていく。
例えば友達の中で、あ、今こういう気持ちを味わっているなとか、その中で、ちょっと前までだったら、イライラしたり、クソーって思うだけだったのに、友達の思いをちょっと受け入れられるようになったなとか。
それがやっぱり人間力だったり、コミュニケーション力だったりするので、そういうところが、通知表では書ききれない。所見欄みたいなところを、私たちは土台として、非認知能力として育てていて、それがこう、人間の土台に本当になっていくかなと思っています。
知識は、足し算とか、ひらがなとか、いくらでもやろうと思ったらできるけれども、それはその時期になったらできることというか、その頃にやっぱり興味を持つものだから。
だからどれだけ興味の芽を育てるかっていうことかなと思ってます。興味がないのに教えても、それはただ知識としてついているだけなので。
さっきの生き物の話もそうですけど、死んだらかわいそうだからやっぱり逃がしてあげたいって、そう思える、それが非認知能力なのかなと。
それには体験が必要だし、知識としてじゃない心の育つ部分かなと思います。

【田畑】
僕が子どもたちと接している中で嬉しいなと思うのが、毎日のトイレ掃除をしている時に、子どもがトイレに行きたくなって「入っていいですか?」って来るんです。
トイレ出る時に「いつも掃除してくれてありがとう。」って言って出て行ってくれる子も結構いるんですね。
小さい時には言えへんくて、もじもじしながら何も言わずトイレ入ってまた出て行ってた子がだんだんこう「いいですか?」と言えるようになったり「ありがとう。」って言えるようになってきたんやと思って聞いてて。
それでいつも声かけてくれる子がこの間「田畑さん、掃除大変やろう。たまにはサボってもいいやんやで」って言ってくれて、また別の日は「いつも綺麗にしてくれてるから、今度田畑さんちにお呼ばれした時にはお菓子いっぱい持って行く」って。
だからそうやって言ってくれる気持ちっていうか、それがすごくありがたいなと思って。
どういう経験でそうなってきてるとかは僕にはわからないんですけど、すごくその子の周りの環境がいいんだろうなっていうのは思うんですよ。
【神谷】
今日は田畑さんの話にすごい感動しているんですけど、保育士の仕事では例えば先ほどの非認知能力とか主体性とかそんなことを学ぶんですけど、本当に同じようにやってくれはるんですよ。
子どもたちと向き合ってくれる、その視点が、給食の先生も、養護の先生も作業員の田畑さんも。
保育士だけじゃなく、みんなで子どもを見てるっていうのが本当にすごくて。
私たち保育士も学ばせてもらうというか、教えてもらうというかね、こういう姿を。
素敵やなっていう会話がまたはずむし、その中で何ていうか、違う面もまた教えてもらえたりとか。
そういう穏やかな関わりをしてくれていることが、またその子の心を育む一つにもすごくなってるし。
丞治さんも朝から鬼ごっこをずっと続けてやってたり、すごいですよ本当。みんなでこう見てるっていうのは、すごく誰よりも見てくれてるぐらいだなって思います。
※「幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿」
- 健康な心と体
- 自立心
- 協同性
- 道徳性・規範意識の芽生え
- 社会生活との関わり
- 思考力の芽生え
- 自然との関わり・生命尊重
- 量・図形、文字等への関心・感覚
- 言葉による伝え合い
- 豊かな感性と表現
第2回インタビュー「森の自然こども園東本梅の自然保育」