2021/02/12

インタビュー 和泉博山さん(西陣織伝統工芸士)

父親の後を継ぎ、昭和24年に西陣織の世界に入られた和泉さん。
染めと織りのあらゆる技術を実験・研究する、京都市立染織試験場(現在の京都市産業技術研究所)で学びながら、製織(いわゆるはたを織る)部門でお仕事を始められた。

現在は、東本梅町の自宅兼工房で、草木の糸染めから整経、紋紙づくりから製織まで、基本的に撚糸以外のすべての工程をご自分で手掛け、独創的な織物を作られている。

  • 和泉さん作品(帯)
  • 裂織帯「峡流」

「すべての工程を自分で」の特異性

西陣織には、製織段階までに沢山の準備工程があり、通常はそれらがすべて分業で行われている。
つまり、一つ一つの工程にそれぞれ専門の職人がいて、各業者が独立して企業を営み、「西陣」と呼ばれる地域に集まって一つの織物を完成させている。
西陣織について、詳しくは西陣織工業組合のHPを見ていただけるとよくわかるが、どれほどの工程に分かれているのか、わかりやすい図があったので、以下に引用させていただいた。

西陣織工業組合ホームページ「西陣織ができるまで」より

これだけの専門職に分かれている工程をお一人でなさるのである。
他にも全部をご自分でされる職人さんはいらっしゃるのか恐る恐る聞いてみると、
「そんなん、だーれもおらへん。西陣でも珍しいねん、わしみたいなん。」
と、さらりとお笑いになった。

  • 工房風景
  • 紋紙式ジャカード
  • 綜絖

草木染めに魅せられて

_東本梅町にはいつからお住いですか?

今から26、7年前。62歳の時。
妻の実家で先祖代々の土地があるということで。
草木染めがしたかったから、工房を作ってね。

京都市の家から通おうと思ってたけど、帰るのが面倒になって(笑)
行ったり来たりしなくても、こっちで全部できたんや。 その頃は、もう何でも自分でしてたからね。織機もすべて持ってきたから。

_どうしてご自分で全ての工程をしようと思われたのですか?

だんだん覚えてきたんやろうなあ。紋紙は紋屋さんに勤めに行って勉強したんや。
あんたやったらできるって、ちょっと教えてもらったらできた。
染色も草木染めでしたかったから、何年間か奈良まで習いに行った。
草木染めは西陣ではやっていなくて、プロの業者はないの。だからアマチュアの慣れた人のところに。

_なぜ草木染をしようと?

色がええわ。天然でこんな色がでるんかと。
化学染料で染めようとしたら、赤!青!って単色だから、何色も入れないと、こんな色が出ないのよ。
藍の色なんかはもう複雑なんや。黄色、赤、色々入って、あの藍ができてる。天然で綺麗なんですな。
草木染はそんな風にいろいろな色が勝手にスポーっと入っていく。それが、ええなと思って、習いに行ったわけ。
こっちに来るちょっと前、平成2年頃に習った。

_藍も明るい色なんですね。

絹だからね。綿だと、もっと濃い色になる。素材によっても違う。
綺麗な色こそ草木染めだと、その先生に教えてもらった。汚い色は違うよって。
鉄分かけたら、なんぼでも簡単に汚くなる。綺麗な色を染めるのが難しい。
いろいろ実験したなあ。

綺麗やなかったらあかんのやで、ほんま。
藍は自分で育ててやっている。できるようになってきたんや。その昔は、藍染はそまらなかった。
色んな人の研究した書類を読んで試行錯誤して、私流の「新藍染め」を作っていった。

_原料も育てているのですか?

育てるものもある。刈安(かりやす)は伊吹山(いぶきやま)まで採りに行かな。
日本中でも伊吹山は大したもんや。毎年採りに行ったもん。
持って帰ってきてそこに植えてあるけど、土とか空気とかが合わへんのやろな。同じにはならん。自然のものはやっぱり自然のところにあるものがええねん。

昔から染料として用いられている刈安(写真左)で染めた糸。ススキによく似ているが、刈りやすいのが名前の由来とか。滋賀県と岐阜県にまたがる伊吹山は、古来より刈安の名産地とされている。

夢を紡ぐ

_糸も作られるのですか?

蚕に桑を一生懸命やって育てて、まゆに60℃くらいのお湯をかけて、「座繰り」という昔ながらのやり方で糸をひいて、蚕5個分で作ったのがこの「羽衣」。

長く亀岡文化資料館に飾られていた。撮影しきれていない光沢が美しい。
天女の羽衣のごとく、極薄く、重さがない。人が作ったとは思えない、自然の美の様。

撚りをかけないまま草木染め(茜、刈安、藍)して織った。
薄くて、なんの使い物にもならないけど、こんなこともできるかな?と。
糸が曲がっているやろ。まっすぐ織っても、しばらくしたらこうなる。
蚕がまゆを作るときに頭を振る、その振っていったのがこの曲線なんや。

広い方へ高い方へ

_最近はどのようなものを?

今は自分で着るジャケットを作ってる。絹で。
糸を買ってきて、撚りからした。染めて、整経して、全部いれて織った。カンカーンカンカーンて。それで生地を織って、上手な仕立て屋さんに頼んでね。
ええでー。自分でほれぼれするわ。はじめてやなあんな気分になったの。自分で作ってみてびっくりしたわ。

_今までご自分で着るものは作られなかったんですか?

シャツ。これも絹で。つぎはぎじゃなくて、柄を変えながらずっと続けて織ってある。

やわらかい所と硬い所とあって、硬いところが気に入らんさかいもっと柔らかくしようと。
実際に着てみたら、次々にどうしたらいいのか思いついて、かなり高度なところまで来てから、また紋紙を作って、丹後まで行って編んできたんや。
紋紙を編む機械は、京都にもあるけど、丹後の方が気持ちがええのや。
広いとこで車もサーっととまれるし。京都だと車でバックやらできない細い細いところでやっとるから。

紋紙(もんがみ)
上図ピアノマシンと呼ばれる専門の機械を使い10本の指を駆使して穴を彫る。さらに紋紙を編むための機械で綴り、織機にかける。普通は、帯1本あたり、3,000~10,000枚の紋紙が必要。

_どんどん進化しているんですね。

どんどん進化してる!またこれで服作るしな。こんなやわらかい生地ええでー。着てたらぬくいし。
最新作はショール。このやわらかいのは着物生地には具合が悪い。服はミシンで縫うから縫い目が動かへんけど、着物だと縫い目が間違いなく割れてしまう。
裏表になる柄ひとつ一つが袋状になっているから、この間に綿(わた)を入れて膨らしてやろうと思って。

表と裏に色違いの柄が交互にでるように織ってあるので、柄のひとつひとつが袋状になっている。(砂子地風通市松)

_綿(わた)をこの生地自体の間に!そういう方法があるのですか?

今はない。だから、どうやって入れようかずーっと考えている。
ずーっとずーっとそのこと考えていると、あるときパッとわかんねん。

どこまでも自由に、好きなことを

ものを作ったり、工夫したりすることが好き。
家の物も、なんでも自分で工夫する。
風を通さない障子や窓の2重サッシ、電気を使わない手作りのこたつ。
そのこたつ布団も、何気なく椅子に敷いてあるクッションも、すべてが素敵な織物だ。

「これだけのお仕事をされて、とてもお忙しいですね。大変ですね。」と思わずつぶやくと、
「そうか? 仕事なんてしてないよ?」と心底不思議そうな顔をされたので、慌ててこの日の会話からヒントを探した。
「好きなことをされているんですね?」と言い直すと、パッとお顔を輝かせて
「そうや。好きなことだけ! 楽しい!」とお笑いになった。

西陣織とはこういうもの、こうでなくてはいけない。素晴らしい伝統、製法を守らなければいけない……全くそんな風に縛られていない。
お弟子さんが持ってきた海外の織物に目をみはり、織り方をよくみて自分でも織ってみる。こんな織物があるなんて全然知らなかったと、嬉しそうにお話しされる御様子は、何かをかたくなに守る姿勢とは対極のものだ。

伝統に培われた最高峰の技術を惜しみなく駆使して、純粋にやりたいこと、まだここにはない、思い描くものを追求する。その中からこそ、新しい技術や芸術が生まれるのだろう。

京都から各専業の職人さんが習いに来ることも珍しくない。
前後の工程がわかっているからこそできる、技術的なアドバイスも多いのだという。
和泉さんを通して、西陣織という伝統工芸の懐の深さと自由な広がりを感じ、その未来にも、とても興味がわいてきた。
好きなことの集大成をどんどん更新されていく和泉さんのこれからを、ぜひまたお聞かせいただきたいと思う。

聞き手・文  藤田 理恵
写真提供   中西 明美

  • 和泉さん
  • 瑞宝単光章

和泉 博山(いずみ はくさん) Izumi Hakusan

西陣織伝統工芸士会 相談役

【受賞歴】
平成11年 西陣織大会にて知事賞受賞

平成12年 京都府伝統産業優秀技術者『京の名工』選

平成17年 瑞宝単光章受賞

2021年5月8日(土)丹波國一之宮出雲大神宮にて開催される

「クニトコタチ~平和へのいのり~」の衣装生地づくりを指導。

衣装制作の様子

クニトコタチ エピソード④衣装のこと(1)YouTube動画(3:00~8:00頃)

公演(無観客開催)動画(2021年5月26日よりYouTubeにて公開)